5.
枝魯枝魯のエンタティンメント
「お店に入った瞬間から、出るまでが枝魯枝魯としてのサービス。
後はお各様のものですね。」
およそ2時間のエンタティンメントを枝魯枝魯は提供している。
それは、非日常の世界。
「ハレ」と「ケ」なら、「ハレ」である。
しかし、その非日常の世界は、
いわゆるセレブのような人たちしか味わえないものではない。
枝魯枝魯のつくりだす非日常は、
日常のすぐそばにある。
「社長でもタレントでもなく、
日々、日常を過ごしている人たちが来れるように、
2人で一万円でおさめられるものにしたい。」
「その上で、料理であり、人であり、
その場に何かしらのエンタティンメントを演出する。」
「日常の中で一番うまいのが、家庭の料理だとすれば。
家庭でできないことをとことんやりたいですよね。」
「だから、造りの盛り合わせとか、おばんざいとかは、
僕がやる意味はないんです。」
枝魯枝魯に訪れるのは、8割以上がリピーターだという。
「朝起きて、今日は枝魯枝魯の日やなーと思って来てくれる。
リピーターさんにとっては、毎月の日常に組み込まれてるんです。」
枝魯枝魯では、
来店が100回を超えるリピーターも少なくないという。
ほぼ毎月来るリピーターもいれば、
24時を回った頃に度々飲みに訪れる人もいる。
「その人たちとの約束で、
同じ料理はいっさい出さない。」
「その人たちのおかげで僕らがあるんですから。」
GiroGiro から GuiloGuilo へ
「今月から料理は考えてないんです。」
前菜とデザートに関しては、
この2、3年みんなで一個ずつアイデアを出し合って、
考えてきたそうだ。
そして、さらに今月(2008年1月)のメニューからは、
枝國はアドバイスをするだけの立場に回った。
「自分ひとりの限界っていうのはすごく感じる。」
「料理のボリュームや食べる順番は意見をしますが、
後は指揮者的な立場に徹します。」
「枝魯枝魯っていうのは僕(枝國)が考えたロジックであって、
これから先っていうのは、枝魯枝魯の料理っていうのを、
うちのスタッフで、チームとして考えて、作って行くんです。」
この枝國の考えを具体的に押し進めるのが、
枝魯枝魯のパリ出店と、それに伴う枝國の国外への流出である。
パリ出店にあたり、枝魯枝魯は間違いなく変化していくだろう。
それは、川端店につづき、
二号店である「枝魯枝魯ひとしな」をオープンさせた時とは、
異なるダイナミズムによる変化といえる。
枝魯枝魯を立ち上げた枝國にとってのリスタートとしてのパリ店と、
枝魯枝魯がチームとして機能する、松本が舵を取る「枝魯枝魯ひとしな」と。
フランス人の発音に合わせて、
枝國はローマ字表記を改めた。
GiroGiro から GuiloGuilo へ。
枝國は、単身パリへと渡り、
今まで支えてくれたスタッフのいない環境で、
仕込みからすべてを手掛けることを決めた。
枝國がはじめた、
くずし割烹という、大成されたかに見えた割烹への挑戦は、
Paris へと大きな一歩を踏み出したことにより、
人間に残されたミリ単位のあがきの一つとして、
世界の料理史に、新たな変革をもたらすに違いない。
あとがき
枝國は今、Paris で何を思っているだろうか。
特に4月の一ヶ月というのは、
枝國と枝魯枝魯ひとしなと、そしてくずし割烹について、
自分なりに考え尽くした時間となった。
「衣」「食」「住」という言葉はよく使われるが、
この取材を通じて「食」の持つ意味の大きさに、
改めて気付かされもした。
もちろん、言うまでもなく、
「衣」も「住」も密接に連携し、
相互に作用を及ぼし合っているわけだが、
「食」のもとに生まれる2〜3時間のエンタティンメントは、
この現代において特に大きな意味を持っているのではないだろうか。
利便性が高まったこの時代において、
「食」というのは最も他者に依存しやすい行為に思える。
コンビニやファーストフード、ファミレス。
隠れ家居酒屋や創作料理に高級レストラン。
自分で作るより、
コンビニでちょっと買ったり、
友達や恋人と食べたり、飲んだり、
家族とファミレスに駆け込んだり。
ストイックに自分で作り続ける人の比率は
極めて低いのではないだろうか。
枝國の言葉を借りれば、
「諦めている」ことの別の事象なのかもしれない。
感動する以前に、
「食」と向き合うということにさえ。
しかし、
それに真正面から向き合い、
必死にあがき続ける板前がいる。
枝國がくずしたものは、
実は割烹という敷居の高い、食文化への障壁だけではなく
依存することに慣れた、
自分たちの「食」への主体性の希薄さ、
であったのかもしれない。
コンビニにわざわざ買いに行くことはなくても、
枝魯枝魯にはわざわざ通うのである。
何かを求めて、何かを期待して。
いや、特にそういうわけでもなく、
ただ、枝國とのカウンター越しの会話を楽しみに。
そうした主体的に「食」と向き合う人間に、
枝國という磁力の元に、
いつしか僕らは変わり始めたのではないだろうか。
だからこそ、
より一層、枝魯枝魯での食事を
美味しいと感じることができるのだと思う。
「食」とはやはり、
一対一のリアルタイムの関係において成立する、
お互いが常に主体的に向き合うことを求められた世界なのだろう。
カウンター一枚挟んで、
誰もが「食」に主体的に向き合える場所。
それが、枝國の作りだした
ロジックの本質なのかもしれない。
枝國は言った。
ミリ単位のあがきだと。
よくよく考えてみると、それはそれで、
随分と幸せなことなのかもしれない。
京都の西木屋町へと、少し足を伸ばせば
僕らはそれに向き合えるのだから。
******
今年の3月、
僕は一度、ここまでで取材を終えようとした。
しかし、枝國はこう口にしている。
「枝魯枝魯っていうのは僕(枝國)が考えたロジックであって、
これから先っていうのは、枝魯枝魯の料理っていうのを、
うちのスタッフで、チームとして考えて、作って行くんです。」
考えれば考えるほど、
やはり、追い掛けてみたくなった。
そうしてわざわざ、
西木屋町へ足を運ぶのでは飽き足らず、
Paris まで追い掛けることを決意するのだ。
枝國のロジックの先にある、
枝魯枝魯というエンタティンメントの、
さらなる広がりに触れてみたくて。
ここまでお付き合い頂いた読者の方々に、
心から感謝を申し上げつつ、
まだもうしばらくお付き合い頂ければとも。
この物語の続きは、
voice -inside- vol.4 【枝魯枝魯編】にて。
2008.6.6
voice of KYOTO 編集長
宮下 直樹
voice inside vol.4 【枝國編】 (2008/5/7 - 2008/6/6 )
『くずし割烹 枝魯枝魯 』枝國 栄一
1. >> 電話も接客ですよね (2008/5/7 )
2. >> 毎日がフルマラソン (2008/5/15 )
3. >> 「食べるということに諦めている」 (2008/5/22 )
4. >> お店ってわざわざ来るところ(2008/5/29 )
5. >> GiroGiro から Guilo Guilo へ(2008/6/6 )
voice inside vol.4 【枝魯枝魯編】 (2008/6中旬 公開予定)
『GuiloGuilo Cuisine Japonaise 』 枝國 栄一
『くずし割烹 枝魯枝魯 ひとしな 』 松本 吉弘